不登校の現状
年間30日以上欠席した児童・生徒(長期欠席児童・生徒)22万6800人の内「不登校」によるものは小学校2万6400人、中学校10万7900人、合計13万4300人に昇っています。これは前年に比べ4000人程度増加しており、こども達の数が年々減少している中で異常な事態となっています。
文部科学省では以前不登校のことを「学校嫌い」と呼び、特別なもの、例外的なものとして捉えていましたが、最近では「誰にでも起こり得るもの」という考えに立ち、スクールカウンセラーの配置、適応教室の充実等、積極的な施策を展開しています。
しかしながら、先生方の努力や行政の施策の充実・強化にもかかわらず、不登校児童・生徒の数は増しています。何故でしょうか。
学校教育の画一化、地域社会の希薄化、核家族化、世の中の価値観の多様化、教員の質の問題、果ては環境ホルモンまで、様々なものが原因として論じられています。
でも、正直申し上げて「これが原因だ」といえるものはありません。
おそらく、ひとりひとりのこどもにとっての原因は上に挙げた抽象的なものではなく、もっと具体的で生々しいものか、あるいはこども自身も気がつかない濃い霧のようなものに近いものです。少なくとも先に挙げた抽象的な言葉では説明できないものでしょう。
育てかたが間違っていたのか
自治体や教育委員会の相談センターに電話すると、こどもの生育歴や母親の関わりについて聞かれることがあります。「寝かせ方」や「母乳かミルクか」といったようなことを繰り返し聞かれて肝心の相談までに至らず、怒って電話を切ってしまったお母さんがいます。お母さん自身の生育歴を聞かれる事もあります。たしかに心の成育過程において環境は大きく影響します。また母から子への働きかけはその母親の成育歴に影響されることが多いといわれていることも事実です。けれどすべてがそうでしょうか。もしそうなら、最初の原因は石器時代までさかのぼらなければわからないことになります。
また、一言で「育てかた」といっても、世の中の育て方を○と×の2つに分けることが出来るのでしょうか。100万組の親子には100万種類の育て方があるのです。
今苦しいのは誰?
もし仮に「育て方」の中に何らかの反省すべき点があったとしても、それを「なかったコトにする」「強制リセットしてもう一度1からやり直す」ことなどできるはずもありません。
今一番苦しいのは誰でしょうか。それは勿論こども自身です。こどもにとって、学校に行こうとして玄関の上がり框に立つことは、高層ビルの手すりのない屋上のへりに立っているのと同じ気持ちなのです。明日こそと考えて時間割を確認しカバンに教科書を詰めているこどもの心は葛藤にさいなまれ傷ついているのです。TVゲームに熱中しダラダラしているように見えても、心はどんよりと押しつぶされているに違いありません。そしてお母さん自身も一日一日と心の重荷が増していきます。
今苦しいのは、一番にこども、次にお母さんなのです。
そんなこどもとお母さんにとって、過去の原因がわかった所で、どうなるというのでしょうか。
「治す」のではなく「育てる」
一部の例外を除いて「不登校」にはそこに至る原因と時間の積み重ねがあると考えられています。従ってすぐに以前と同じように突然学校に行き出すことはあまり期待出来ません。そのこどもにあった適切な働きかけを一定期間継続して行うことで学校への復帰は可能であると私たちは考えています。
ただ、ここで考えていただきたいのです。
「治る」=「学校復帰」だけでしょうか。
不登校のこどもは心が傷つき自分に対する自信を失っています。多くのお母さんも同じだと思います。「治る」とは「自分は自分であって大丈夫だ」という気持ちになり、みずからのエネルギーを持って生きていけるようになることではないかと思います。
学校に復帰できることが一番いいのは勿論ですが、それはみずからの自信を回復した上でないと、また何かのきっかけで学校に行けなくなるかも知れません。そしてそれはいっそうの落ち込みに繋がるかも知れません。
私たちは「不登校を治す」のではなく、「不登校のこどものみずからへの安心(自分は自分であって大丈夫)を育てる」ことがもっとも大切だと考えています。